戸目子のブログ

大人になった娘が読むことを想定して書く、日常や過去の覚書き

最近の遠出① お台場・横浜

 

このところ家族ネタが増えてきて、「娘」「夫」と連発することに違和感を感じてきたため、これからは娘はおふね、夫はゲンゴロウと表記します。
名前の由来についてはこちら☟

『戸目子』の由来 - 戸目子のブログ

(ほんもんのゲンさんには申し訳ないけど‼︎)

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戸目子は旅行があまり好きではありません。
どうしてこの重い体をハァハァ言って動かしながらわざわざ別の場所に移動しなければならないのか、意味がわかりません。
観光、と聞いただけで眠気に襲われます。

 

旅自体に特別な思いがないので、写真を撮る習慣もあまりありませんでした。
子供が生まれて以来、今ではもう写真を撮らない日はない!というくらいのパシャパシャ生活ですが、それまでの映像記録があんまりない戸目子の過去。
今更、人にもらった写真たちをありがたく眺めるばかり。

 

例えば、大人になってから初めて訪れたニューヨークも、1週間の滞在のなか自分で撮った写真は約20枚。

それも見てくださいよこのクオリティを。

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 なにこれ

 

この時は、NYお初の戸目子のために、マンハッタンの友人がフル観光プランを用意してくれていました。なのに結局なんやかんや言って、市内では外食と古本屋めぐりくらいしかしませんでした。そこで大量に買った古本は今も棚に眠る最高の土産です。(読んでないけど)
ちなみに、古本は旅の自分土産ベスト1と思っています。読まなくてもいいんです。出会いです。今もその本たちを手に取ると当時が蘇ります。
アンティーク雑貨などもイイデスネ!

 

市内ではまったく観光気分になれなかった戸目子も、さすがにNY郊外のウッドストックは「来てよかった..」と溜息でました。

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やる気ない写真2
「確かこの辺にユマサーマンの別荘があるはずだけど..」と言われテンション爆上がったとき

 

ウッドストックの山はちょっとしたハイキング。当時の戸目子には発想すらなかったアクティビティなので、足はサンダルだったけど、なんとなく楽しかったです。
途中で突然怪しいものが現れたりしました。

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やる気ない写真3
ベルリンの廃墟を彷彿としてちょっと気分上がった


この登った先にカラフルなチベット寺院がありました。
なのに寺院の正面ショットはなく、唯一の写真がこれ↓

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 寺院裏手側の喫煙場所
 

中では20人くらいの人たちが瞑想していました。
戸目子の友人も、毎日瞑想するほど徹底した瞑想人だったので、もちろん二人で加わったものの、戸目子は瞑想なんて慣れてないしダライラマ14世が好きではないし全然集中できず。

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多分どこから何を撮ってるのか知らないんだけど
一応それらしい一枚


これはこれで良き思い出ではあります。

どこへ行って何を見たかよりは、どこで誰とどんな話をしてどんな気持ちになったかという部分が、一応戸目子の旅の醍醐味です。
そのフィーリングというのは、それぞれの街の個性が強く影響してくるので、唯一無二のものとなります。
そういった旅や移住生活によって自分自身が作られてきた、という自覚はあるので、"旅" の価値は理解しています。

ただ、旅好きの人たちの多くがそうであるように、行く先々で見るもの触れるものを新鮮に吸収したり反応したりできる感性を持てればなあ、と、旅をするたびに思うのです。
なにか大事なものを逃しているような感覚ですが、それが何なのかがわからないのです。

 

娘おふねも戸目子に似たのか、旅には興味がなさそう。
乳児の頃からコロナ禍までは旅の多い生活だったので、いくらでも旅好きになるきっかけはあったはずですが。

かくして戸目子家は、旅のパッションをシェアしようと頑張るゲンゴロウとツレない戸目子、旅先でよくぐずるおふねと、圧倒的にゲンさんに不利な組み合わせ。

それでも、コロナ第6波が収まってきた5月末から6月にかけて、かつての旅生活を少しずつ取り戻す準備として、一家で少し足を伸ばし始めました。
せっかく写真も撮ってるし、少しここに書き残しておこうと思います。

 

 

【お台場】

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 お台場シンボル 観覧車のる


この観覧車、スケスケのゴンドラもあります。
その列に並んでいる人々の顔を拝見しながら、尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。

高所恐怖症の戸目子は、観覧車でも
↓絶対こういうふうになる

 

 

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お台場のビーチ
この熱のこもったショットよ!20代の自分に見せたい

久しぶりのお台場、よかったです。
食事はどこも美味しいし、なぜかあまり混んでなかったし、ただうろついてるだけで子供が喜ぶサプライズがちょこちょこあります。

 

 

【横浜】

たいぎい。
歩くだけでたいぎいのに、なんとなくこの街の人工的なかんじが疲労感を増幅させる。
人工的といえばお台場もなのに、この閉塞感はなんだろう?
みなとみらい駅を降りてすぐ見た大道芸人の芸が個人的にはクライマックス。(大道芸人大好き戸目子)

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 県で一番高いらしいランドマークタワー

ここ、下部分がイタリアを思わせるような石造りになってるんだけど、感動したゲンゴロウが「またこよう!」とか言うから「なんのために?!」と少し言い合いになった場所。

 

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 カップヌードル・ミュージアム

おふねは、カップヌードルはトムヤムクン味だけを異様に愛する子です。
展示物の面白さもあってとてもハイテンションでした。


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戸目子の母が生まれた翌年に最初のチキンラーメンができたのかー

 

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安藤百福さんがカップヌードルを発明する経緯を
シアターで鑑賞


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デジタルアートを使った解説も充実していて、
子供も大人も面白く学べます

 

全てミニサイズのメニューで揃えたエスニックレストラン(フードコート)は圧巻です!
ガブガブ食べれないのでお腹が空いてる人には辛いけど、いろんな国のいろんな種類のヌードルが、プチサイズで注文できます。

ただ今回は、入館した時点で、自分のオリジナルカップを作るイベントの整理券配布が終了していて、製作できないと知ったおふねがショックでグズグズモードに。
最後にカップヌードルのトミカを買ってからはずっとご機嫌さんでした。

 

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ランドマークタワー最上階、スカイガーデン
目の前に広がるサンセットには目もくれず、
視界30cm先のトミカにずっと夢中のおふね

「戸目子ホラ!あっちに鎌倉が見えるよ、あっちが東京だよ!」とか言ってるゲンゴロウに、「だからなに?!」と少し言い合いになった場所。

ゲンさん曰く、観光云々ではなく、「この素晴らしい場所」を共有する/居合わせるモーメントが特別なんだって。まぁ、わからんでもないけど、モーメントの共有なら素晴らしい我が家ででもできるやん?と思うところ。ま記憶に残るのはこっちだけど・・


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ゲンさんが美しいサンセットに息を呑んでるあいだ、戸目子はアニメフィギュアたちとの夕日ショットを何十枚もカメラに収めるのに必死な方を観察する

たしかにこのアニオタさんの熱意をこんな身近で感じることは、我が家ではできないけども。

"2階と69階のスカイガーデンを約40秒で結ぶエレベーターの「下り」速度、分速750メートル(時速約45キロ)は世界一"


世界一、とか県一、とか野心的なアピールの多い街でした。(一観光客の感想)

 

 

〈最近の遠出②につづく〉

 

 

 

 

その日メモ :

全然その日メモじゃないけど、、
安倍元首相が撃たれ、政界とカルト宗教の深〜い仲が完全に明るみにでたという事件のあった七月です。

意外にも、周りの人たちが安倍氏の死にショックを受けたり驚いたり悲しんだりしていたことに大変ショックを受けました。テレビ報道のあり方もすごかったみたいですが。
暴力反対はもちろん、これで暴力の連鎖が起きないことを願うばかりだけど、安倍氏の死に関しては自分にとって「ただの一権力者の死」でしかなく、むしろ彼とその取巻きがこれまで行ってきた数々の権力乱用によって失われた命や人権の方が、気になって仕方ない。
それに、その一生をずっと重宝され、小さな頃から高い高いゲタを履かされ、まあ凡人なのに背負わされた運命は酷といえど、使えるだけの権力を使い倒し最後は恨まれて死んだ元首相より、存在を無視され虐待死した幼児たちや、存在を否定され惨殺された障がい者たちの死のほうに何百倍も心が痛む。(相模原の事件から昨日でちょうど6年目でした)
メディアひとつ、なぜこうも扱いが違うのか全然わかりません。

とにかくうちにはテレビがないので、今回の「おおごと」な雰囲気を延々と感じずに済んだのは幸運でした。でもだからこそ、ちょいちょい驚くような展開を見せるニュースに辟易しています。